江利子と絶対

江利子と絶対〈本谷有希子文学大全集〉 (講談社文庫)

江利子と絶対〈本谷有希子文学大全集〉 (講談社文庫)

短編2つと中編1つを収録した初期作品集。あー面白かった! 最初の2つはメンヘラを身近の人の視点から描いたものなんだけど、笑えることたるやさすが本谷有希子って感じ。松尾スズキの「クワイエットルームへようこそ」もそうだったんだけど、メンヘラをユーモラスに描くのって私はありだと思う。本人必死なんだけど、でもどこか滑稽っていうのがね。

「引きこもりというハンディを背負いながらポジティブに生きていく。引きこもってるのにポジティブ。いいとか悪いとかじゃなくて、なんか、こう、新しいでしょ? いじけてないところが人生を大事にしてる感じでしょ? ご飯も残さず食べるよ。充実した生活を送るよ。ねえ、どうかな。事故で死んだ人たちもちょっと嬉しいよね。なんか喜ぶよね」
喜ぶかなあと思ったが、この子の目がここ一ヶ月で見たこともないくらい輝いていたので、あたしはとりあえず頑張れと無責任に励ました。

江利子は高校2年生の秋から引きこもって早1年半。見かねた母が一人暮らしをしている主人公に面倒を見てほしいと頼まれ、2人暮らしをしています。そんな江利子が電車の横転事故をニュースで見て「前向きになる」宣言をします。しかし、江利子にとっての前向きとはバイトをしたり家の外に出たりすることではなく、ただ「前向き」に生きるということ。これ、傍観者である主人公からみたら「はあ? あんた何言ってんの?」って感じなんだけど、江利子にしてみたら一大事であり一大決心なわけです。そういうギャップとかが滑稽であり笑えるのです。同じように、逃げた男を追って右手にマスタード、左手にケチャップを持って現れた「生垣の女」のアキ子しかり。
短編2つがすごく面白かっただけに、中編ホラーの「暗狩」の恐怖がそんなに心に迫ってこなかったのが残念。いや、面白かったんだけど、そんなには怖くはなかったかなあと。