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あの夜僕は、人間の力ではどうにもならないものに向かって泣いていたのだと、今の僕は思う。そしてそれは、幸運とか不運とかいったことではなかった。運命とか宿命などというものとも、少し違っていた。
全ての人の人生が、その人の力や意思や努力では、どうにもならないことで満ちている。どうにもならないことに支配されているとさえ、いえるのかもしれない。
3巻からの引用。『船に乗れ!』の舞台は音楽高校で音楽のこともたくさん描かれているしそれもテーマの一つになっています。でももっと大きなテーマとしてこの引用部分があるのではないのかと思います。高校生ぐらいって子供の頃にはあったはずの万能感というのが少しずつ薄れていって苦々しい想いを知る時期なのだと思うけれど、それは自分の力ではどうにもならないことを知るってことだと私は考えています。確かに努力はすべきだと思うし、その姿は美しい。でもそれだけではどうにもならないこともたくさん世の中にはあって、どんどん打ちのめされていくのが現実。自分でどうにかなることとならないことの間でバランスをとって生きていくのは大人だって難しいです。でも、それが大人になるってことなんだよなあと今は思います。
『船に乗れ!』は大人になったサトルが当時のことを振り返って書いているという設定の本です。なので当時はこう思っていたけれども今振り返るとこういうことだったんだよなあっていうのも色々入ってきてて、私的にはすごく読みやすいつくりでした。青春真っ盛りの人もいいけれど、青春がノスタルジーになってしまった人のがより楽しめる本なのではないかと思います。藤谷治は以前違う本を読んだときにあわないなあと敬遠してたものの、『船に乗れ!』は読んで本当によかった本の1冊になりました。甘く輝かしいだけの青春じゃないけれど、これぞ青春小説だと私は感じました。