うだうだ

メンタルぐだってる系の話なんで畳みます。
私今でこそメンタルはそこそこのラインをキープしてるんですが、いつ向こう側に針が振り切れちゃうのかわかんないという不安は常にあるんです。まあそういう過去もあったからこそ怖いというのがあるわけですが。でもって一番メンタルひどかった時に旦那に「そんな奴なんて今まで周りにいなかったし、そういうわけのわかんない話は聞けない」って思いっきり力の限り全否定されました。ええ、ズタボロですよ私。ひでえ、別に今本人目の前にして全否定することないじゃないか、ていうかそれってメンタル弱ってる人にやっちゃ一番いけないことなんじゃ…。
しかしですね、旦那は私のようなメンタルの人間はオレの周りにはいないっていったけどもそうじゃあないわけです。だって旦那の職場にメンタル理由に休職してた人いたし、メンタル病んだ結果自殺してしまった友人もいるんだもの。大体、メンタル病んでる人は年々増えてますよーというアナウンスがあるのにそういうのはどこか遠いところでのお話とでも思ってるんでしょうかね。でもね、世の中には色んな人がいる。みんながみんな自分と一緒じゃない。自分の立ってるところ以外からの物の見方や感じ方だって考えなきゃいけないし尊重されていて欲しいと思う。
たぶんなんだけど、旦那は自分が世の中のスタンダードから外れてるかも?なんて不安に思ったことはないんだろうなあと思う。本人も立ち止まって考えることはあんまりなかったって言ってるし。私は自分がスタンダードから外れた人間だってよくわかってる。だから、すごくよく立ち止まるし普通である事に必要以上にこだわったりすることもある。そういうときに「お前は普通じゃない」って言われるのはすごくこたえる。きつい。どうしても辛くてしんどくて聞いて欲しい時に「面倒くさい」と言われシャットダウンされるのはたまらないことだ。そりゃ面倒くさいだろう、面倒くさくないわけないだろうと思う。けどね、わたしはしんどいんだよ。話が長くて聞けないとも言われた事がある。だけど、それだけ言うのに整理するのに時間がかかる事なんだよ。一言にまとめれるほど簡単な事じゃないんだもの。
もうさーそういうものだと割り切ってあきらめて過ごしていくしかないんだろうなあ。だって今さら変わるとかありえないし。私が変わるしかない。でもそういう割り切りは本当はしたくないんだよ。だって信じたいじゃんか頼りたいじゃんかしんどい時はさ。だけども現実はそういうときほど「俺にそういう話をするなよ」なんだよなあ。あーあ、どうしましょうかね。