小さいおうち

小さいおうち

小さいおうち

まるで本当にタキさんという女中さんがいて手記を書いたのかと思わせるくらい、昭和の中流家庭の生活の様子がありありと伝わってくる本でした。この本を書かれるにあたって相当資料を読みこまれたのではないのかと思うんだけど、説明臭さがないおかげですごく自然にお話に入っていくことができました。最終章を除けば本当に普通の女中さんの生活が書かれただけの話なのについのめりこんで読んでしまったのは、中島京子の筆力なんでしょうね。
この本では戦争を前に不穏な空気に包まれているはずの日本が明るく楽しいことだってあったのだというふうに描かれています。たぶんだけど私たちが思っているのと戦前戦中をリアルタイムで経験してる人たちの間ではそのとらえ方が違うのですね。作中で手記を読んだ甥っ子からこの当時こんな呑気で明るかったわけがないといわれるものの、タキさんはいやいやそういうものだったと言いはります。もちろん、タキさんが勤めていたのは中流家庭なのだからそれなりに華やかだったからというのもあるのでしょう。でもそれを差し引いても楽しいことなんて早々なかったと決めつけていたあの時代を人々は楽しんでいたんだなあと思うとなんだか不思議な感じがします。同じ事でもどこから見るのか、どう切り取るのかで見える風景は全然違う。そういうことを感じました。
最終章である出来事がくるっとひっくり返って謎がひゅるりととける様はお見事でした。そのための伏線もしっかり描かれてるし私は満足です。地味な本ではあるけれど、こういう本が直木賞受賞作として評価されてよかったなあと思います。いい読書時間でした。