おとうさんといっしょ

おとうさんといっしょ (新潮文庫)

おとうさんといっしょ (新潮文庫)

育児する父*1を描いた男の育児小説。
『ふにゅう』
育休を半年で切り上げ仕事復帰する妻に変わり、育休をとり期間限定の専業主夫となった新米お父さんの話。主人公はそれはもう一生懸命育児をします。お手伝い感覚の育児ではなくがっつり育児をします。が、そこには越えられない壁が存在したのです。その名は「おっぱい」。ええ、育児で男にできないのは母乳をあげることだけだというけれど、その一点においてのみ彼は妻に勝つことができなかったのです。どんなに一生懸命お世話をしても妻が帰宅して「おっぱいが帰ってきましたよー」といえば娘は妻まっしぐら。それが悔しくてたまらない主人公はあることを考えて実践するんだけど、これには驚きました。これ、主人公と同じ事考えてやったことある人いるのだろうか。かなりの勇気の持ち主であると同時に育児への並々ならぬ思い入れがあってこその行動なんだろうなあ。
ちなみにタイトルであるふにゅうとは父乳の事を指す造語。
『デリパニ』
ニューヨークで恋人の出産に立ち会うことになった美容師の話。女性は出産の痛さや怖さについては色々話を聞くし経験もあるけれど、出産に立ち会うことになった男性の気持ちについては実はあまり知らなかったりします。なるほどなー、こういう気持ちになるものなんだなあと。
『桜川エピキュリアン』
ゲイの友人に再会したシングルファーザーの話。5つの短編の中ではちょっと毛色が違ったお話でした。主人公はゲイには偏見がないと思いながらも、もし自分の息子がゲイになったらどうしようと考えます。友達と身内は違うものなあ。私も基本偏見がないつもりだけど、娘からセクシャルマイノリティだと告白を受けたらそうはいっていられないのかもしれないと思うあたり、人間って難しいなあと思いました。
『ゆすきとくんとゆりあしちゃん』
「ママと結婚するんだ」と夢見る息子に本気で嫉妬する父親の話。これはね、母親から見たら実に微笑ましい話だと思うんです。私は息子はいないんだけど、もし息子から「お母さんと結婚したいな」って言われたらそりゃ嬉しいに決まってるもの。「うーん、そうだねーどういう結婚式がいいかなー」なーんてニマニマしながらいっちゃいそう。でも男性は違うんでしょうね。妻にとってのいちばんは夫である自分なんだから例え息子であろうがその間に割って入るのなんてダメに決まってるって感じちゃうのかも。
『ギンヤンマ、再配置計画』
一ヶ月の海外出張に行く妻に代わり、2人の子供と期間限定の3人暮らしをすることになった父の話。おっぱいが必要じゃなくなっても子供にとって母親がいないというのはすごく大きなことなんですよね。小さな子供には1カ月はとても長いし、そもそも1カ月というのがどれくらいの期間なのか自体がわからないからすごく不安定になります。子供が不安定になれば、生活がいつも通り回っていかなくなり親もイライラが募ったり不安定になっていきます。だけど、子供ってちゃんと成長する力があるんですよね。そういうとこに親も救われたりする。
あんまり書き手の性別を云々いうのは好きじゃないけれど、男性作家さんだからこそ書き得た育児小説だったなあと思いました。女性作家さんが男の育児を書くのとは違った視点がそこにあったのが面白い発見でした。そっか、男の人はこういうふうに感じたりするのねーって。もちろん、小説だし作り話なんだからそれが全てではないのはわかってます。でも、お手伝い感覚じゃない男の育児小説がこういうふうに存在してるのっていいなあって思うんです。育児小説は数あれど、男性目線が新鮮で興味深い読書時間となりました。

*1:厳密にいうと『デリパニ』は違うけど